興味津々
日記です。
『椋鳥』
20170503何の鳥blog01
10月18日 窓越しにやかましい鳥の鳴き声が、またも
や椋鳥の襲来が。 電線音頭の雀のような可愛いもので
はない。
以前城跡公園内の池で椋鳥らしい鳥の写真(上の写
真)を写した。 雀より大きく、鳩より小さい、しかしそんな
に綺麗で可愛い鳥ではない。
雑食性で、植物の種子や果物、虫などを好んで食べる。
椋の木の実を好んで食べるので「椋鳥」と呼ばれるよう
になったらしい。 また、「群木鳥・群来鳥(ムレキドリ)」
から転じたとする説もある。
椋鳥blog01
都市部などでも群れをなして生活するので大量の糞に
よる汚染被害や鳴き声による騒音被害も社会問題化し
ている。 そういえば高槻市の市役所前の並木に、夕方
になると異様な音量で、頭上の空を隠すほどの集団化
した鳥たちが旋回しているのを見て、ヒチコックの“鳥”
という映画を思い浮かべたことがある。
 糞害と騒音による苦情のためか、その並木に集まら
ないように、多くの枝を切り払った結果、集合場所を変
更し、我が家の近所の電線や別の高圧線などに集結
しているのだろう。

 モーツァルトは、ムクドリ(ホシムクドリ)をペットとして
飼っていたエピソードがあり、ピアノ協奏曲第17番の
第3楽章には、そのさえずりを基にした旋律があるとい
う逸話がある。
 日本では、椋鳥は冬の季語と定められている。江戸
時代、冬になったら集団で出稼ぎに江戸にやってくる
出稼ぎ者を、やかましい田舎者の集団という意味合
いで「椋鳥」と呼んで揶揄していた。
 俳人小林一茶は故郷信濃から江戸に向かう道中に
その屈辱を受けて、「椋鳥と人に呼ばるる寒さかな」と
いう俳句を残している。 明治時代には、森鴎外は、
日本人は世界の田舎者という意味で、海外情報を伝
える連載コラムに「椋鳥通信」というタイトルをつけた。
 宮沢賢治の短編童話『とりをとる柳』に登場する千ほ
どの集団で一斉に木から飛び立つと描写したとある。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%82%AF%E3%83%89%E3%83%AA
『10月18日』
201710金木犀blog01
『10月18日』 3日間雨が降り続け、今日は一時止み、
今晩からまた降るとの予報である。 秋雨前線が日本
列島の中部あたりで横断し、動かない。 関東から東
北は冷え込み、南は30度近い夏日となった。 その気
温差は約10度であった。
 昨日辺りから近畿も冷え込み、こたつ布団を出すやら、
暖房の試運転をするところもあったようである。
この天候で、児童公園の金木犀の花が一斉に落ち、
根本を取り巻く絨毯となった。
20171018金木犀blog02
 壁紙模様になるかと思いアップで撮影した。

現在台風21号が接近中で、もしかしたら列島上陸の
可能性もありと報じられ、金木犀も今年はこれにて終
わりであろう。

『10月18日』といえば、 1958年アメリカでフラフープ
が大流行し、同年の今日、東京の各デパートで販売さ
れ、日本でも大流行したとある。 積水化学のポリエチ
レン管をアメリカの会社が加工して輸入したもので、価
格は大人向けが270円で子ども向けが200円。 日産
2万本のフラフープは、1ヶ月で80万本が売れたとあり、
『10月18日』は“フラフープの日”とされた。
 フラフープの歴史というか起源は約3000年前の古代
エジブト時代はブドウの蔓で、古代ギリシャでは体重を
落とすために(?)、14世紀にイギリスでフーピングが流
行した。 18世紀前半、ハワイを訪れた船乗りが、フラ
ダンスとフーピングが似ているということで“フラ”と“フー
プ”を合わせて“フラフープ”というワードにしたと記して
いる(ウィキペディアより)。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%95%E3%83%BC%E3%83%97

      【1960年のダッコちゃんにつながっていく】
『京阪特急テレビカー』
15日枚方市樟葉の“樟葉モール”へ、実は帰り途中の寄
り道トイレに。 1階のほぼ中央に催し広場に『京阪特急
テレビカー』の展示・・・先頭車輌ではない。 確か先頭は
京都鉄道博物館にはあったはず。
京阪特急テレビカーblog01
京阪でのテレビカーのデビューは昭和31年。当時の特急
車1810系増備車の一部に設置された。
 ライバルであるJR東海道(国鉄)と阪急電車(新京阪)
はそれぞれ京都大阪間、29分と38分で京阪特急(淀屋
橋ー三条)は45分(カーブが多いので・・・学生自分カー
ブが多いので京阪カーブ式会社と冗談で言っていた)で
やや分が悪いとのことで車内にテレビをつけたらしい。
昭和46年、新車3000系をデビューさせ、この時からカラ
ーテレビを搭載し、しかも冷房もついた(この時阪急の特
急は冷房がなかった)ようである。
 写真の右端の窓の上に テレビカーと赤文字でプリント
されていた。
(http://www.ne.jp/asahi/mulberry/mt/newrail/keihan-exp.html
より引用)
京阪特急テレビカーblog02
前方のスクリーンは先頭車からみた京都三条に向かう特
急からの視界である。   “電車でGO!”のイメージか?
     【キャッチフレーズは“おけいはん”】
『ピーク・エンドの法則』
金木犀blog01
13日 今朝のラジオ体操は金木犀の香りの中で鼻から
頭まで。 花言葉の「謙虚」は、香りのすばらしさに対して、
目立たない小さな花をつけることから、「気高い人」は、
雨が降るとその芳香を惜しむことなく潔く花を散らせるこ
とからきているといわれている。

さて11日だったか、TV8chのとくだね!の番組で、経
済学者のコメンテイター(安田洋祐氏)が今回のノーベル
経済学賞の受賞者 シカゴ大学のリチャード・セイラー氏
の業績をとりあげ、2002年に同賞を受賞したダニエル・
カーネマン氏と並ぶ行動経済学者の権威者として知られ
ていると説明し、二人は行動経済学という分野を根付か
せたと語っていた。
 例としてカーネマンの『ピーク・エンドの法則(peak–end
rule)』があり、胆摘に言うと「終わり良ければすべてよし」
の論理である。
 何かひとつの出来事が起こった時、その出来事の印象
を決定づけるのは「ピーク」と「エンド」の情報であるという、
人間の思考法をあらわす法則(何事も初めと終わりが肝
心で!)で、
○別れる時は「急いで立ち去らない」ことが大事
○入り際は腰を低く、去り際は堂々と
○立ち去ってからも、「あとひきしぐさ」であと一押しを忘れ
ずに
○人間の記憶は持続時間を無視する
○人生はエンディングがすべて
などの心理学的行動について著している。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%89%E3%81%AE%E6%B3%95%E5%89%87
 一方、セイラー氏の理論では、例として政府が社会保
障の給付を一括で行うのではなく、小額でこまめに支給
した方が受給者の無駄遣いを防ぎ、社会にとっても意義
があり、「人は常に、現在の利益を重視する傾向がある」
という行動経済学の論理・・・なるほどなー おもしろい。
  【2017年10月11日 讀賣新聞 朝刊 p7より引用】
『秋の祭り』
20171009野見神社blog01
 10月9日(体育の日) 高槻市の野見神社は奈良時代、
濃味(のみ)郷の鎮守で『延喜式』(927年成立)の式内社とし
て、大変古い歴史をもっている。
 戦国の時代には、高山右近が高槻城主となり、一時、天
主教会堂やセミナリオなどが建てられたとも伝えられていま
す。 また、江戸時代には牛頭(ごず)天王や八幡神などが
祭神でしたが、明治時代に入り、政府の神仏分離令に従っ
て、スサノオノミコトと野見宿祢命(のみのすくねのみこと)が
祭神として祀られたと記されている。
http://www.city.takatsuki.osaka.jp/rekishi_kanko/rekishi/rekishikan/daionokuni/1327734027107.html
20171009野見神社blog02
境内左に(西側)に戎神社と能舞台が改築され、本日の出
し神輿の準備が伺える。
20171009春日野部屋内膜力士blog
 平成29年3月5日に社内でこども相撲教室が開催され、
春日野部屋の幕内力士、左から栃ノ心関、栃煌山関、
碧山関が手形を残していった印である。
20171009永井神社blog01
 永井神社は、野見神社の摂社で、本社本殿の東側に
社殿があり、寛政5年(1793)、永井直進(なおのぶ:永井
家第9代・高槻城主)によって初代直清の霊神を祭神に
勧請し、創建された。 その後、嘉永元年(1848)に永井
家第11代城主永井直輝が直清の高槻城入城二百年を
記念して社殿が修復されたとのことです。

 ところで恩師である奈良のシカ様は鹿島神社に由来す
る香芝市で、神社とご自宅が隣接しており、神社の役員
として古くからお世話をされていて、このお祭や年末年始
等の行事には大変お忙しいと聞いています。 
           【お疲れ出ませんように】
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