興味津々
日記です。
『ご入学おめでとうございます』
 今日 ある中学一年生約130名を前に『みなさん ご入学
おめでとうございます』 「まだ二週間ほどしかたたないのに、
随分なじまれたようで・・・」、「身心ともに健やかに育って
欲しい・・・」、「これから新緑に向かい ちょうどみなさんと同じ
ように、夏に、秋に 綺麗な花を咲かせたり、大きな実や美味
しい実をつけるためには 今この時期が大切なのです。・・・」
なーんて挨拶をした。

 その前に10分ほど時間があったので、校門の70mほど南に
レンガ造りの古めかしいがっちりした門があった。
 案内板があったので見てみると、昭和20年まであった工兵隊
第四連隊の跡地の門であった。
 訓練された兵隊さんを戦地に、また内地の補強などで沢山
の戦死者をだし、二度とこのような戦争がないことを祈念した
記念碑であった。 その昔は、大阪外国語大学であったらしい。
小生が高校生ぐらいか、廃校になった校舎が放火で焼失。

 中学生の頃、この周辺でよく遊んだ。繁った森の中に沼があり、
タコ糸に大きな鈎針をつけ、蛙やザリガニを餌にして.ぬるぬるの
台湾ドジョウをつったり、早朝クワガタ虫を取りにいって、スズメ
バチに追いかけられたり、懐かしい思い出がある。
 今の市民会館と高山右近さんの教会になる前は、高く土を
もって畑と畑の間に壕のようなものがあり、そこでもよく遊んだ。
 大根を2,3本だまって頂戴し、木にぶら下げて、パチンコの
標的にして遊んだ思いでもある。
 大人は、空気銃をかついで雀や野鳥を打って食べていた。
 小生が中学一年生だった時の教室は木造平屋で三クラス分、
担任の先生から ここはもと 兵隊さん用の馬屋だったと知ら
されたことも思い出した。

小生の中学卒業間際に、新校舎を建てるために地面を掘って
いる時に粘土まみれの自動小銃、機関砲、不発爆弾のような
ものが出てきて、職員室に陳列され、見に行った記憶がある。
などなど 戦後に生まれてよかったとつくづく思う。

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コメント
この記事へのコメント
校舎の火災のとき
小生が高校生ぐらいか、廃校になった校舎が放火で焼失・・・・・・
このとき小生は市内にある医大専門課程の学生でした。夜中に赤々と燃える炎の中で時々青白い閃光と爆発音(工兵隊に残された銃弾との話)で冬の?寒さの中で足がガタガタ鳴り全身が震えていた記憶があります。万亭旅館近くの下宿で・・
数え70歳の今でも忘れられません・・・
2008/09/10 (水) 02:24:41 | URL | 勝 健一 #-[ 編集]
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