興味津々
日記です。
『お出かけ その2』
 25日 かかりつけ内科医院でインフルエンザの予防
接種を受けに、セッチャンと一緒に出かけた。
 二人とも無事に受けて帰り支度中の会話である。
セッチャンが帽子をかぶり、顎に留めるゴムを調整しな
がら、急ににっこり笑いながら・・・・

 セッチャン:「古川橋の分校にいた頃(昭和  年ごろ 
相愛女専:女子専門学校在学中)、校庭内で山田耕筰
先生のかんかん帽が突風で飛ばされ、遠くその角まで
飛ばされ見えなくなってしまい、取りに行くのが面倒だ
ったのか、そ知らぬ顔をして行ってしまはった。 なんで
やろ不思議やったわ」、「後から 取りに行ったげたらよ
かったかなー」
 小生:「山田耕筰先生って あの“赤とんぼ”、“この道”、
“待ちぼうけ”の・・・?」、
セッチャン:「ふん」・・・
 小生「こんなおもしろい話 初めて聞いたわ」・・・
最近 セッチャンの口から、言い忘れていた古い古い思
いで話がチョコチョコ出てきているような気がする。
ヒトの頭(脳:側頭葉から)・・・これまでにしまわれてい
た記憶が、何かのタイミングで浮き上がってくるのでは
なかろうか。地震の後の液化現象の水のように。

検索すると・・・1937年(昭和12年)4月1日より開校(相
愛女子専門学校)に音楽科が設置され、山田耕筰科長
を中心とした女専音楽科が発足した。 またドイツより
ルドルフ・シャビュイ氏、1941年来日のエタ・ハーリッヒ=
シュナイダー女史が、着任されたと記されている。
 下記のhpを開くと古川橋分教場の校舎や校舎内部と
女学生たちの写真を見ることができる。この時代この環
境でセッチャンもいたのかと思うとほのぼのとするが、数
年後は太平洋戦争か? 大変な時代であった。

http://saranokikai.com/100history1.html   より
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コメント
この記事へのコメント
ありがとう(*^^*)
女学生の頃の思い出、凄いね。
山田耕筰さんと接触があったなんてびっくりです。自分の人生の中でそんな接触は………
愉しそうな様子をありがとうございます。
2016/11/26 (土) 11:12:01 | URL | 広島のN #-[ 編集]
おもしろいね!
Nちゃん コメントありがとう。拍手も。 きっとT&Nちゃんが喜ぶと思って投稿しました。これからまだまだおもしろい話が出てくるかもしれませんよ。お楽しみに。
2016/11/27 (日) 08:15:00 | URL | オキザリス #UlObmk9c[ 編集]
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