興味津々
日記です。
『金沢監獄』
刑務所blog01
 帝国ホテルの左隣に『金沢監獄』があり、見学することに。
刑務所blog02
 写真の右に中央看守所があり、看守が見張っている。
五本の監房が放射状に。
刑務所独房blog01
 写真は監房の独房・・・三色のメニュー・・・冬は寒そう・・・
金沢だし。
獄中で手紙をblog01
 中央の入り口付近に、外の身寄り宛に手紙を書くコーナー
があり、複雑な気持ちで記念写真真を。
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『明治村 その1』
明治村帝国ホテルblog01
 まだ11月8日(日曜日)の日記で恐縮です。
名鉄犬山駅からバスで約40分で、明治村に到着・・・雨は
本降り。 正面に開設50周年を記念するモニュメントが。
 1日500円乗り放題の村営バスをゲイト内で乗車(満員)、
福井刑務所は後回しで下車せずに、先ずは帝国ホテルへ。
 帝国ホテルは1890年(明治23年)11月3日に落成、同7
日に開業した[1]。隣接する鹿鳴館と密接な関連を持った
ホテルとして井上馨が渋沢栄一と大倉喜八郎の2人を説
いて、1888年(明治21年)有限責任帝国ホテル会社(設
立当初は有限責任東京ホテル会社)を設立させ建設した
ものである。
帝国ホテルblog05
 60歳台の男性約15人は円陣を組んで内部の説明をキョ
ロキョロしながら熱心に聴いていた。 どうも法政大学OBの
同窓旅行らしい。
 「帝国ホテルはアメリカ合衆国の著名な建築家フランク・
ロイド・ライトが設計した国際的な一流ホテルで、建物内
外は幾何学模様に彫刻された大理石や櫛目を入れた煉
瓦で装飾されています。
 帝国ホテルが完成したのは大正12年(1923)8月で、
9月1日の披露式の当日関東大震災が発生したが、周囲
の建物が倒壊炎上する中で、被害は少なかったとの記録
があります・・・。」といった説明がされていたのでは。
名電1号blog01
 名電1号の展示で、村内を巡回しているのは京都市電で、
やはり1日乗り放題、大人500円である。
『犬山 その2』
犬山城blog01
 中仙道の突き当たりを右にお城が・・・「えっ こっから山
に?」。 地元の人に道を聞いた時、「すぐそこや」とか「15
分歩いたら」とかいわれても半信半疑である。 案の定こ
こからが大変!
犬山城blog02
 今から雨の中 一山登るのはしんどいし時間がかかり、
最後のお楽しみの“明治村”での時間が少なくなるので、
ズームアップ写真を撮って、この場でUターンし、駅に向か
った。
犬山あめマンホールの蓋blog0
 途中のマンホールの蓋(あめ:雨水用 犬山城と桜)
犬山おすいblog01
 汚水のマンホールの蓋(お城と鵜飼い)
犬山まもってちょうよblog01
 犬山市環境4条例施行を示す蓋(焼かない、捨てない、
持ち帰る、放置しない“まもってちょーよ!” 落ち葉は
そのままでもゴミ一つ落ちていませんでした。
『犬山 その1』
おもしろそうだがやblog01
 まだ名古屋からの日記、8日(日曜日)犬山では早朝から
の雨・・・できるだけ手軽に移動できるように大きな荷物2つ
は宅急便で自宅へ。
 8時の朝食後、400円のビニール傘を購入し、犬山城(ホ
テルの支配人は徒歩で15分ぐらい・・・と)へ向かうにつれ
ひどい雨となり行けるかどうか心配。
 風情のある城下町を歩いていると、“おもしろそうだがや”
という11月15日にこの地域で楽しいイベント(クラフトフェア)
があると掲示されていた。
鉾blog01
 ショウウインドにそれぞれの鉾が、こちらにも祇園祭のよ
うなお祭があるようである。そういえば材木が豊富なところ
で、名人といわれるような大工が大勢いたことであろう。
魚屋町の鉾格納庫blog01
 写真は魚屋町の鉾格納庫で、わが街高槻市にも城跡に
近い所に魚屋町や馬町などの町名があったが統合されて
別名に、本町と出丸町は残っているが。
中仙道一里塚blog01
 もう少しで見落とすところだったが、中山道の一里塚が、
今歩いているところが旧街道なのか、時代とともにいろん
な人が行き交った街道・・・江戸時代の五街道(東海道、
日光街道、奥州街道、中山道、甲州街道)の一つで、
江戸の日本橋と京都の三条大橋を内陸経由で結ぶ路線
である。「中仙道」、「仲仙道」とも表記するほか、「木曾街
道」や「木曽路」の異称も有したとある。
 わが街にも西国街道とその一里塚・・・有名なところでは
茨木市の椿の本陣のところにもあるはず。
地域ラジオ局blog01
 中仙道の突きあたりに町屋があり、左のガラス張りに
なっているところが地域のラジオ局らしい。 男性の局アナ
が一人で忙しそうにマイクの前で操作しながらしゃべって
いる。 後ろの棚にはCDがぎっしり。
 右前方の鳥居の上が小高い山というか岡に犬山城が。
『名古屋国際会議場』
幻のスフォルツァ騎馬像blog02
 やっと7日の分 名城線の日比野駅下車徒歩5分に所
にある名古屋国際会議場で総会と学術大会、2009年に
も同じ場所で、この騎士に逢うのも2回目である。
幻のスフォルツァ騎馬像blog0
 やはり同じアングルで同じパーツを撮影している。これも
自分なりのくせか。あまりにも大きいので人を含めた記念
写真を撮ろうとしても、人物が小さくなりすぎてアンバランス
になる。 遠近的なトリック写真なら別であるが。
幻のスフォルツァ騎馬像blog01
 ミラノの領主 ロドヴィコからフランチェスコ・スフォルツァ
将軍の騎馬像の製作をレオナルド・ダ・ヴィンチに命じられ、
粘土の原型からブロンズ像を製作したが、折からの戦争で
いずれも破壊されてしまった(1493年11月)。
 1967年 日本人がこの大きなサイズでは馬の足が重量
に耐えられないのでFRP(プラスチック)で原図から仕上げ
た。 これは日本の研究と技術が生んだ世界唯一のもので
あると誇っている。 株式会社東海銀行がこの会議場に寄
贈している。
三越ライオンblog01
 午後5時半より栄にもどり、伍味酉という焼き鳥屋さんで
打ち上げをした(14名)。有意義な親睦会のお開き後、現
地開散で殆どは大阪に帰り、3名は8日(日曜日)にも学
会参加・・・そして小生は家内が待つ犬山へ(名鉄の快速
で40分)・・・明日は雨らしい。
 写真は、栄の中央公園と大通りに面している三越デパー
トの入り口に鎮座するライオンで、博多の天神駅前にある
三越デパート(2011年の福岡での学会 国際会議場)でも
撮影している。
 
『オアシス21』
20151106高島屋blog01
まだ6日のレポートで、夕刻、名古屋駅の高島屋の入り口
付近で家内と待ち合わせ。二階中央エスカレータの上り口
からの“嵐”の垂れ幕・・・6,7,8日が名古屋ドームでコンサー
トライブで、我々の学会と全くの同日で、ホテルの予約がと
れなくて大変だった。名鉄の地下鉄(ドーム行き)が若者の
混雑で大騒ぎ。・・・ホームで勝利した時の阪神電車ほどで
はないが。
 ちょっと早い夕食・・・高島屋の13階で「ひまつぶし」いや
「ひつまぶし」を食べた・・・「おいしかった!」
オアシス21blog03
 予定の一つである“オアシス21”のある栄へ・・・やはり夜
景がいい。TY塔と重ねると迫力を増す。というか構図がいい。
オアシス21からblog01
 ガイドブックには、“水の宇宙船”とか「空中散歩してみませ
んか?」・・・ インド系の幼い子どもを連れた家族と同じエレ
ベーターで・・・会釈だけ。
オアシス21blog01
 ここまできたらTV塔(開業60周年)からの景色を3階からシ
ニア料金600円ぐらいで90m(スカイデッキ)まで、そして100
mのスカイバルコニー(強風と寒さと細かい金網で写真も撮
れない・・・こりゃダメだとバルコニーへ)が。
 中央公園の右側に、三越デパートとその先に松坂屋デパ
ートが。正反対に名古屋城が。ズームレンズで撮影したが
手ブレでボヤーと。 
オアシス21blog02
 「あれ、色が変わっている」という声で、写真を。
 この色は“水の宇宙船”と言うより、鮑に見えた。
        【あー鮑が食べたい】
『名古屋のマンホールの蓋』
20080907212221[1]
 名古屋での第2の目的は、行き先々のマンホールの蓋の
写真撮影。これは9年前に撮影したもので“ミズスマシ”を
デザインで雨水と汚水の両用か・・・かわいらしい。
20151108名古屋マンホール蓋b
 水道に関する蓋でTV塔、名古屋城・・・名所をデザイン。
 八マークは、名古屋市の徽章として明治40年10月30日
(名古屋市告示第93号)に制定され、制定にあたって尾
張藩の合印であった丸八印を用いることが決議されたと
あります。.近辺の町名にも“八”が織り込まれ、名物であ
八丁味噌もそこから付けられたのでは。
名古屋納屋橋blog01
 以前、友人(クスさん)からいただいた写真で、“納屋橋”
をデザイン。 1610年(慶長15年)の堀川掘削とともに架け
られた「堀川七橋」の1つで、橋が架けられた当時の納屋
橋界隈は名古屋城下の南端にあたり、西の烏森と町を結
ぶ柳街道が走っていた。名称の由来は、橋の西側に魚屋
、または納屋が多くあったことから・・・。
名古屋消火栓blog01
 消火栓
名古屋測量基準点blog01
 測量基準点で、地球上の位置や海面からの高さが正
確に測定された電子基準点、三角点、水準点等から構
成され、地図作成や各種測量の基準となるものです。
これらの基準点はすべての測量の基礎として、公共測
量、地籍測量、地殻変動観測等に使用されているらしい。
『境内の木』
熱田神宮木blog02
 熱田神宮の境内の大きな楠は6,7本ある。
 年を重ねた木は、時折おかしな姿に見えることがある。
自然がおりなすあらゆる形や構造は全て共通するものが
あり、よく似るものもある。
熱田神宮木の根blog03
 下の枝を払った後の瘢痕か、やがては大きな瘤に化す
のか。 おそらく榎木だと思う。
熱田神宮木の根blog02
 その根がこの形、爬虫類か両生類を思い浮かべる形。
熱田神宮木blog01
 たがい違いからの枝ではなく、同じ高さからの三本ず
つの枝が幹になって横に伸び伸びと幸せそうに。

 広大な熱田神宮の杜はすっかり手入れされているのに
対して、明治神宮の杜は松のような針葉樹から樫などの
葉緑樹の杜に変容させ、大都会の真ん中に野生や自然
の動植物(昆虫や微生物を含む)自然が生息している明
治神宮(明治時代に三名の学者が計画的に創った)の杜
と比べるとおもしろい。
 【人工的に環境を整え、後は自然の力で、自然任せで】
『熱田神宮』
熱田神宮1900年の歴史blog01
 11月6日 午前10時過ぎ名古屋に到着・・・高島屋12階の
おすし屋さんで少し早い昼食を・・・オーダーはタブレットのデ
ィスプレイを見ながら・・・アメリカのレストラン式?
 12時過ぎに小生は名鉄線名古屋→金山→名城線日比野
(国際会議場)へ。家内はリニア鉄道館へ。
 会議途中退出し、4時ごろ明るいうちにタクシーで熱田神宮
へ、興味は大きい楠と信長の奉納した土塀・・・。
熱田神宮大楠blog01
境内には楠が多くあり、中でも写真の楠は最も太く、樹齢千
年以上で、弘法大師がお手植えされたと伝えられていると
立て札に。
熱田神宮大楠blog04
 後方から見て、根の付け根の太さに二度 ビックリ ポンや!
熱田神宮壁blog01
 写真は、織田信長が桶狭間の合戦で勝ち、そのお礼に土
塀を奉納したとか、これは日本三大土塀の一つであるらしい。
後の二つは承知していないが。
『芸術の秋』
色彩blog02
 近くで見ると、色ごとに筆圧の異なる縦スジの陰影が
動いているように見えておもしろい。
色彩blog01
 今日は11月3日 文化の日 2週前にご子息の個展の
案内をわざわざ親子でお越しいただいて・・・今日まで開
催している“生きがい工房”に行ってまいりました。
 色彩blog03
 国内での入選作をアメリカでも認められ、2作品売れた
そうです。
 私の感想は、色遊びと陰影のコントラスト、色によっては
木肌、稲穂、線の集合、メタリック、陶芸の地肌などの連
続体(スペクトラム)に見え、独特な感性である。
 写真の四角いケースに入っている使用済みの鉛筆は、
6Bの鉛筆で、完成作品は黒漆の表面のように見えるそう
です。 その製作中に鉛筆をもった手で、顔でもこすると大
変な顔になりました・・・と母親が。 漆のような地肌・・・
見てみたい!
色彩blog04
 11月6日~14日は、さらに高槻市の市役所前(1Fセブ
ンイレブンの右隣)のビル“ギャラリー からころ”で開催
されます。 
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