興味津々
日記です。
『下鴨神社 その2』
下鴨神社blog08
 “みたらし池”から上がり、足を拭き靴を履きなおして湧き水の
聖水をいただき、池の淵にある“みたらし社”に足腰の痛い人は
足形の木札に姓名と年齢を記入し、聖水につける社である。
小生は母親の分を記入し、一番中央の上に置かせていただいた。
         【ご利益ありますように!】
下鴨神社blog09
 その直ぐ右隣に、“みたらし団子”が白玉の状態で山積みに
お供えされていた。
下鴨神社blog10
 “御手洗祭”(足つけ神事)の由来が記された立て札。
憶えきれないので写真を。
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『下鴨神社 その1』
下鴨神社blog02
 1日限りの市バス乗り放題のカード(500円)で、2回目の
乗車・・・『下鴨神社』へ、バス停が神社の左側の横からの
鳥居から入った(結果オーライで、正面の参道を回りこむに
はかなりの距離)。
 真近な建物と参門の間に、カラフルな三本足の鳥の形を
した4,5mはあろうか大きなオブジェが・・・これぞ“ヤタガラス”
・・・【賀茂建角身命は昔、八咫烏(やたがらす)に化身して、
神武天皇(初代の天皇)を熊野から大和へ道 案内したと伝
えられている。八咫烏と言えば、サッカー日本代表チームの
胸のエンブレムに描かれている黒い鳥を思い浮かべる方も
いると思う。
http://ja.japantravel.com/view/%E4%BA%AC%E9%83%BD-
%E4%B8%8B%E9%B4%A8%E7%A5%9E%E7%A4%BE 】
 口には葵の葉っぱをくわえているので江戸時代(徳川家、 
後に葵祭に)のヤタガラスのようである。
下鴨神社blog03
 境内から外に向かって写した3門の屋根の角、照りつく
快晴の空と朱色のコントラストが気に入ったので カシャ。
下鴨神社blog04
 素足になって“みたらし池”に、膝までの深さで、捲り上げ
たズボンが濡れそう。どこからの湧き水か、まるで氷を入れ
ているような冷たさ。子どもならずも大人も「ヒヤー」と悲鳴の
ような声ではしゃいでいた。橋を超えた付近で蝋燭に火をつ
け、蝋燭棚に突き刺して終わり。
下鴨神社blog07
 足元からの涼で、名残惜しく上がれず、うろうろと水遊びを
している老若男女・・・ここは平和です。
『上賀茂神社 その2』
上賀茂神社blog05
 参門の左に、直径40Cm×高さ1mほどの檜の丸太に、干支
の羊の頭部がノミだけで彫られていた(一刀彫か?)。
 中に入ってみると、他の干支のものも並んでいた。ということ
は、その年ごとの干支の彫刻を門前に置いているのであろう。
上賀茂神社bloga
 今年は42回目(21年毎)の式年遷宮にあたり、本殿の左横
に並列して左に権殿がある。
 時代と国宝などの法律の諸事情があり、近年は屋根の吹き
替えだけになり、その吹き替え中、中にお住まいの神様の頭
上を吹き替え士が踏みつけるわけにいかず、権殿に引っ越し
していただいて、その間に、本殿の屋根を仕上げる。それが
今年の9月から開始するというのだ。本殿の屋根がリホーム
されると、神様がお戻りになる儀式がなされる。つまり権殿は
神様の仮住まいといったところか。
上賀茂神社blog08
 来たときに気づかなかった、変わった枝振りの松、こういう
種類の松なのか、名札がかかっていなかったので不明。
上賀茂神社blog09
 これも出るときに気づいた木で、左の松の木が上部で隣の
苔むした他の木に抱きついていた。なんとも気になる木。
どいいう気持ちでこんな行動に。
『上賀茂神社 その1』
上賀茂神社blog01
 20日(海の日) 家内のリクエストで上賀茂神社へ(午前10
時ごろより)・・・快晴というか灼熱の太陽が・・・二人とも帽子
を着用。
 阪急烏丸下車→地下鉄北大路下車(市バス・京都バス1日
乗車券カード500円カード購入)→市バス上賀茂神社(徒歩5
分で到着)約1時間で。
 上賀茂神社は、京都でもっとも古い神社であり、雷(いかづ
ち)の御神威により、厄を祓いあらゆる災難を除き給う厄除け
明神・落雷除・電気産業の守護神として広く信仰されている。.
 参道500mほど前方に大きな鳥居が小さく見えている。
上賀茂神社blog03
 参門の手前にご神馬が、高齢のご婦人がお志100円のニン
ジンを差し上げながら「鼻息熱いわー 何歳?」、世話をして
いる叔父さんが「10歳で、人間でゆうたら40歳ぐらいです」。
この暑いのに一日中立っているのか(散歩と用足し時はいか
に?・・・はんぱないない量なのに)

上賀茂神社blogb
 雷(いかづち)の御神威であるという立て看板が、参門に
かけられていた。
上賀茂神社blog04
 右側の小さなお社には山積みと干し柿状態にされたハート
型の絵馬が。 このうち何パーセントが夫婦として幸せに、何
パーセントが破談や離婚に、つまりご利益率は?
    【失礼しました。当事者同士の問題でした。】
『えっ 今週!』
第二十二回仏像彫刻展01

第二十二回仏像彫刻展02
 なにごとも期限のあるものは、時間の流れが速い。
子どものころの1年という時間の体感と60歳後半での、
その時間の体感が異なり、後者の方が早く感じる。
これを“老化とジャネーの法則”というらしい。
【19世紀のフランスの哲学者・ポール・ジャネが発案し、
主観的に記憶される年月の長さは年少者にはより長く、
年長者にはより短く評価されるという現象を心理学的
に説明した。
 簡単に言えば、時間の心理的長さは年齢の逆数に
比例する(年齢に反比例する)。
 例えば、50歳の人間にとって1年の長さは人生の50
分の1ほどであるが、5歳の人間にとっては5分の1に
相当する。よって、50歳の人間にとっての10年間は
5歳の人間にとっての1年間に当たり、5歳の人間の1
日が50歳の人間の10日に当たることになる(http://
setsugaku.com/regret/より)・・・ということらしい。

 とにかく我が仏像教室の第22回の作品展示会が今
週の24日から29日まで開催される。
 先生(仏師 宮本想観)の音声供養菩薩“琴線”をは
じめそれぞれ思い思いの作品、個性的というかユニー
クな作品もあり、特にお顔(表情)は見飽きることはあり
ません。お近くで時間がありましたら是非お立ち寄りく
ださい。
 因みに、私は友人にプレゼントする“薬師如来”を彫ら
せていただきました。
『拝見』
當麻曼陀羅blog01
 お知り合いの中でそれぞれいろんな個性と趣味を超える
拘りや特技を持った方が大勢おられる。しかしこれほどま
でに一作に数年もかけて体力と根気、そして細密な表現を
されるのは、そう数多いものではないと思う。
 昨日15日(水曜日) 2年がかりで製作された“當麻大曼
陀羅”を我が家で拝見させていただいた。
 家族だけで拝見するのはとてももったいないので、親しい
先輩やお友達も誘い、たまたま柏と広島の姉夫婦と妹も加
わり、総勢12名となった。 古くていたんだ床なので抜け落
ちないかと心配したが、無事大変貴重なまた楽しい一時を
過ごさせていただいた。
 実は、この拝見は3回目で、平成17年9月19日は東寺の
大曼陀羅金剛界、平成20年5月25日は東寺の大曼陀羅
胎臓界と金剛界とあわせて、そして今回の當麻寺の大曼
陀羅を拝見させていただいた。 こんな体験を美術館では
なく、しかもガラス越しでなく生で直視できる贅沢感に皆が
感銘していた。170Cm位の作者の身長から作品の大きさ
を比較想像していただきたい。(興味がある方は右上の
本ブログ内検索で、大曼陀羅金剛界または胎臓界で検索
してください。)
當麻曼陀羅blog02
 いただいた解説文には、【當麻曼陀羅は、「観無量寿経」
を絵解きする変相図である。その画面構成は、阿弥陀浄土
図と、その左右と下辺を囲む帯かたなる。左側はインドの奥
地のとある王家の物語(序分義)、右図は極楽浄土の定善
義(十三観)、下辺には九品往生と織付縁起文が表されて
いる】・・・なるほど絵本の物語とそれぞれの教本が一枚に
集約されているような気がした。
當麻曼陀羅blog03
 これは鉛筆で描かれた原寸の原画で、下書きの見本で
ある。これだけでも微細で貴重な原画で、ごまかしや妥協は
一切ないのがすばらしい。
 仕上げるまでは大変な忍耐と気力がいると思うが、生意気
な言い方をすると、「原画ができたらほぼできたも同じ」・・・
といわれるのでは。
 仏師も「原型ができたら、完成したも同じ、あとはひたすら削
るだけ」というセリフを聞いたことがある。

【大変結構な作品を拝見させていただき、本当にありがとうご
ざいました。また、こんな機会があればありがたいなと思いま
す】
 
『へー ありがとう!』
市川市マンホールの蓋blog01
 7月5日のメールで、友人(みえちゃん)からの提供で、「市川
にいってきました」とこのマンホールの蓋の写真。
 デザインは市の木“クロマツ”と市の花“バラ”が彫られいて、
中央“市”は市章で“うすい”の蓋であった。
市川市マンホールの蓋blog02
 これもマンホールの蓋と思いきや、ハンドホールの蓋という
 らしい。デザインは“クロマツ”と“魚”(なんの魚かは不明)
である。 ハンドホールの蓋というのはマンホール以外の用
途に用いたもので大小さまざまな円形、そして正方形や長
方形もある。 もし違っていたらどなたか教えてください。

 ところでなんで市川に行った理由を聞くと「市川は私では
なくさだまさしさんが昔住んでいたところです(笑)
実は『さだまさしミュージアム』というのを市川でやっていて
それを見に行ってきました(^^)
 それ以外にも市川の街を散策したのですが、特に市川ゆ
かりの文化人や万葉の歌を紹介した説明板が設置された
文学の道は春は桜並木でとても綺麗だろうなぁと思ったり、
北原白秋、幸田露伴、永井荷風など多くの作家さん達が
市川に住まわれていたのだなぁと感心してました。」・・・
「へー なるほど それはおもしろかったでしょうね」
 永井荷風さんは、わが町 江戸末期の高槻城主永井家
の側室さんの子孫と聞いています。 三島由紀夫さんも
関係があるようです。  おもしろいですね。
【 “高松市”に次いで“市川市”ありがとうございます。】
『伏見稲荷 その5』
鳥居blog08
 まだ伏見稲荷の続きで、気分を変えて登りと下りで見かけ
た。 気になる木、つまり面白い木の写真を見ていただく。
 根にかぶさっていた土が、自然に表面から削りとられ、浮
き出たように、はりめぐった木の根の形が面白い。 木にも
寿命があり、強い雨風でいつしか根こそぎ倒れるのか。
鳥居blog12
 鳥居の両側の外側に石の柵があり、楠だと思うが、太い
根っこが入り込み、さらに外せなくなった指輪のように、食
い込んでいる。
 この根の行き先は、鳥居の下を横切っているにちがいな
い。 その内、石段が浮き上がるようになるのでは・・・自然
の力は計り知れない。
伏見稲荷木の根blog01
 下り途中で目に止まった木の根で、トカゲが泳いでいるよ
うな形、それとも象の鼻を真正面から見た形にも・・・。
認知症予防に想像力を働かそう。
伏見稲荷木blog03
 これはグロテスクに見えたので写真を。
『伏見稲荷 その4』
鳥居blog16
 先月28日(日曜日)の伏見稲荷について、今日4日にもなる
のに、やっと頂上についたお話で申し訳ない気がする。
 ふうふうはあはあ言ったわりに、標高233m・・・。
 中高年になって、記憶にあるしんどい思いをして、お参りした
のは60直前の金比羅山、65ぐらいの神護寺、そして今回の
伏見稲荷・・・暑い日には結構こたえる。運よく風があったので
さわやかさも感じた。
鳥居blog18
頂上までに 下社、中社、上社と鳥居のトンネルとトンネルとの
つなぎに石材を多くつかったお社があり、頂上にも沢山の石材
が・・・昔の技術でここまで運ぶだけでも・・・信仰心がなせる業か。
鳥居山頂blog21
 お社の後ろに岩を積み上げた神のシンボルが。
 伏見稲荷山の233mについて、通天閣は100m足らず、阿倍野
ハルカスは約300mで、人間の建造物もここまできたのかと感心
するやら、調子にのって競っていると、そのうち阪神淡路や東日
本大震災の時のように大変なことになるのでは。
 「人間の欲望もほどほどに!」・・・それでも全人類が破滅する
まで軍事兵器を根源に新しいより優れたもの、威力のあるもの、
便利なもの、大きいもの、高いもの、小さいものと記録を亢進し、
自然の節理や地球の延命を駆使することであろう。しかしながら
最後には人間がもつ醜いというか哀れな性でエゴイストが生き
残り、宇宙人と戦うことになり、終末を迎えるのでは【生者必滅】。
鳥居山頂blog22
 そのトップに一羽のカラスがとまり、参拝者を見守っているのか、
見張っているのか。 
『伏見稲荷 その3』
鳥居blog01
 ここからは山頂に向けての鳥居
鳥居blog02
 入り口付近は最大級の鳥居で、進むにつれて低くなって
いき、より神秘性を感じる。
鳥居blog07
 このアングルと光景はテレビや写真でよくみる。
鳥居blog09
 のぼりは朱塗りだけだが、回れ右すると、寄付した個人や
企業名とその時期が後方に書かれている(常時受け付けて
いますと掲示)。
 写真は、右側に平成二十六年二月一日 開局五十五周
年記念、左側に東京六本木・・・町 株式会社 テレビ朝日
と書かれていた。
 最大級の鳥居に名を入れるのに、いくら寄付しないといけ
ないのか?
『伏見稲荷 その2』
伏見稲荷本殿blog03
 本殿前の左の狛狐、くわえているものは黄金の“稲穂”である。
鳥居案内図blog01
 伏見稲荷大社境内案内図・・・ここまで来たらとりあえず、
チャレンジを。
鳥居blog03
 千本鳥居の入り口
おもかる石blog02
 千本鳥居を通り抜けると命婦谷の奥社の奉拝所の右端に、
一対の石灯篭がある。 これを“おもかる石”といい、願い事
をしながら、どちらかの石灯篭の空輪(頭)を持ち上げ、思っ
たより軽く感じたらその願いは叶い、重く感じたら叶わないと
いうものである。、・・・外国人家族3名が順番に石を軽々持
ち上げて、願いことをしているのを案内人が記念写真を撮影
していた。  
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