興味津々
日記です。
『視察に!』
2012.10.28阪急デパートblog01
昨日(28日)西日本最大の売り上げ高を持つ、阪急百貨
店梅田本店の改修工事がほぼ完成し、25日から売り場の
八割が先行オープンしたので『視察に!』。
 因みに2005年から約600億円をかけて改修を続けられて
きた。全館開業は11月21日の予定らしい。
2012.10.28梅北blog02
まず13階の最上階に、写真は屋上から北梅田(ヨドバシ
カメラ)を・・・。
 今回の改修で41階建ての複合ビルの一部としてデパー
トがという感じ。
2012.10.28阪急デパートblog03
9階から最上階まで中央に大きく吹き抜けでイベントホー
ルが設けられている。愛称は“祝祭”という空間である。
2012.10.28阪急デパートblog04
観覧席から視線を変えて休憩を・・・大オーケストラの
スクリーンに向かってタクトを振る体験・・・、ピエロが
楽しい芸を披露するなど客を退屈させないようにプログラ
ムされている。
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『おけいはん その5』
2012.10.20八幡市blog01
 八幡市の市の花は“さつき”で、“安居橋”と一緒に
デザインされたものもあるようである。
2012.10.20八幡市blog02
 一般の汚水のマンホールの蓋で、中央のデザインは、
市の鳥“シジュウガラ”である。因みに市の木は“クスノキ”
だそうだ。
2012.10.20八幡市blog03
『おけいはん その4』
男山石清水八幡宮blog07
 帰りは正面の鳥居に向かって左に下までの石の階段が、
いやになるほど、最後には膝にきた。ガクガクト。
 不思議なことに、これだけ立派な神社に全く狛犬が見当
たらなかった。なにかわけがあるのか?
八幡市安居橋blog01
 下におりると映画のセットのような太鼓橋が・・・“安居橋”
(あんごばし)といい、江戸時代のこの川には、川上から
“五位橋”、“安居橋”、“六位橋”、“高橋”という順序で掛
かっていたとのこと。
八幡市放生川blog01
 左の欄干は“放生川”と川の名が・・・名のいわれが気に
なって検索すると、石清水八幡宮の神事の“放生会”(ほう
じょうえ)に由来し、「生き物をこの川で放ち供養する儀式」
だそうである。
 宝生流謡曲の「放生川」のストーリーは
http://www.harusan1925.net/0623.htmlを覗いてください。
八幡駅blog01
 あとご当地のマンホールの蓋の写真を撮って、帰りの
ホームに上がった。
 京阪沿線はここだけでなく山の裾に沿って走る個所が
数箇所あって阪急沿線に比べるとカーブが多い。
  
   「だから 京阪カーブ式会社というのか」
『おけいはん その3』
男山石清水八幡宮blog02
 伊勢神宮、賀茂神社(上賀茂神社・下鴨神社)とともに
日本三社の一社であり、宇佐神社・鶴岡八幡宮とともに日
本三大八幡宮の一社でもある。

 平安時代前期から源氏の勢力の広がりとともに各地に
八幡宮が勧請された。
 八幡大神は男山に鎮座され、都の守護神、国家安泰の
神として朝廷はじめ広く国民に篤い崇敬を受け、特に清和
天皇の家系である源氏一門は八幡大神を氏神として信奉の
念は格別であるとされていた。
男山石清水八幡宮blog03
 本殿
男山石清水八幡宮blog04
男山石清水八幡宮blog05
『おけいはん その2』
男山ケーブルblog01
 京阪伏見桃山駅から460円だったか、八幡駅から男山
(標高143m)ケーブル乗り継ぎ切符を買い、京橋方面の
電車に。 15分おきのケーブルでたった5分ぐらいで上に。
 写真はその中腹で、下りのケーブルと向かい合ったとこ
ろ。乗客は10名足らず(土曜日の午後3時18分ぐらい)。
男山ケーブルblog02
 すれ違い、回れ右で 下を見たところ。
男山ケーブルblog03
 2/3の高さで、中央が木津川に掛かる鉄橋(写真)。
 男山は木津、宇治、桂(淀)の川の合流点を挟んで天王
山と対する位置にある。また京と難波間の交通の要地で
もある。
男山石清水八幡宮blog01
 ケーブルから降りても正面に山の岩肌が・・・その地面
に三つの石碑が・・・思わず「あー そうだった!」
 つまり“エヂソンさん”が電球のフィラメントこの男山の竹
を使ったという伝記を思い出した。
 男山と淀川を挟んだ大山崎(天王山)や長岡京市(乙訓
郡)も良質の竹で有名である。

 「さー 石清水八幡宮までひと歩きというか登り!」
『おけいはん その1』
2012.10.20伏見桃山城blog01
2012.10.20伏見桃山城blog02
 京都四条から京阪電車で、伏見桃山で下車・・・実は初めて。
以前から気になっていた。歩くには登りがきつそうなのでタク
シーで。現在は外観を見るだけで、天守閣には入れないとの
ことなので、タクシーを待たせ証拠写真を写すだけでもとの駅
までバック。写真は模擬の大手門と天守閣である。

 豊臣秀吉1591年(天正19年)の時代、陰虚屋敷として・・・。
一帯が桃の花畑として開墾されたため桃山と呼ばれたとのこ
と。時代とともに、指月山伏見城時代、木幡山伏見時代、徳
川家康時代と移り変わり、1623年に廃城となる。

 昭和39年に伏見桃山城キャスルランドが開園し、鉄筋の模
擬の天守閣が造られるが、歴史上のものとは全く別のものと
なる。 
『胃胃かげんにしろ!』
2012.10.19ロッテリアblog01
 昨日19日 ドルミカムという鎮静剤による静脈内鎮静法
下で胃の超音波内視鏡で検査を受けた。すっきり覚めやら
ぬままバスでJR高槻まで帰り、アルプラザ1階のロッテリ
アでとんでもないキャンペーンを目撃した。
 
「本日14時から ハンバーグ五枚敷き 500円」すでに自
信ありげな体格のいい若者が20mほど並んでいる。
『こいつらの胃袋どないなってんねん? 胃胃かげんにし
ろ!』でないとそのうちえらいめにあうよ!
売る方も、食べるやつも、どっちもどっちやげど。

 小生はその向かいにある岡山県の果物や野菜の出張
販売店で葡萄と柿、そして野菜を買って帰宅した。
『明石市 その6』
2012.10.14明石消火栓blog01
 明石市の消火栓の蓋で、象徴的である。
ふたご座blog01
 天文科学館からの帰りは、タクシーもバスも通らないので、
とりあえず歩くことに・・・道路と歩道のしきりに沿っていろん
な星座を刻んだ銅版が・・・写真のものはふたご座である。
天文科学館通りblog01
 5,60m下ると細い白い案内の柱が・・・体を巻きつけて読む
と、「馬塚」寿永三年(1184年)一の谷の合戦で敗れた平氏
は西へ落ちた。・・・と記されていた(明石市教育委員会)。
天文科学館通りblog02
 さらに100mほど下がり、山陽電車のガード下に石碑が・・・
“両馬川の旧跡”で、一の谷で敗れた平忠度(清盛の末弟)
が、源氏の武将・岡部六弥太忠澄と川を挟んで戦ったことか
ら両馬川と呼ばれるようになった。巻九によると両者は一騎
打ちとなり、忠登の手勢のものが駆けつけ忠度の右腕を切
り落とした。観念した忠度は念仏を唱えて忠澄に打たれてし
まった。
 忠澄は討ち取った立派な武将の首を誰かわからなかった
が、身に着けていた書付と歌から初めて忠度とわかった。
 両馬川の旧跡近くに忠度の右腕を祀った腕塚神社や埋葬
した忠度の塚があるとパンフレット(平家物語と明石 エピソ
ードその【5】平忠度)に書かれていた。

 「以上、これにて小生の明石市めぐりは終わりにて候」
『明石市 その5』
明石天文科学館blog01
一たん駅前に戻り、天文科学館に行くバス亭を探したが、
麓の幹線は通るが、バス亭から天文台まで行には300m
ほど坂道を登らなければならない。 したがってタクシー
で(660円)。
明石天文科学館14階blog01
 大人700円の入場券で、01:10にプラネタリウムが始ま
る(20分待ち)ので、とりあえず14階の展望台に・・・。
 真下を見下ろすとクラーときそう。
 快晴ではなかったが、明石大橋がはっきり見えたので
写真を。 ガラスごしなのでこんな色に。
東経135度blog01
 東経135度・・・なつかしい“子午線”というターム。
“本初子午線”は英国のグリニッジ天文台からアフリカの
ガーナのほぼ中央を結ぶ線が世界の標準時。
プラネタリウムblog01
 そして 神秘な宇宙へ・・・あまりにもメルヘンチックに
優しい女性の解説だったので1/2(50分)は寝てしまった。
目が覚めたら夜明けで、外へでたら午後2時過ぎ。1日で
二度夜明けを見て、変な気持ちで坂道を下った。
『明石市 その4』
明石城やぐら公開blog01
 かごの後ろにある古い建材か廃材と思われるのが、伏見
城の櫓の材木なのか?
明石城藩主blog01
 初代藩主の小笠原忠真(忠政)(肖像画はパンフより)
1632年(元和3年)10万石から17代藩主 松平直督1869
年(明治2年)、明石播知事1871年(明治4年)まで続いた
と記録されている。

 ところで剣豪の宮本武蔵(1584-1645年 現在の高砂
市米田の生まれ)は、生涯特定の播に所属はしなかった
が、初代藩主小笠原忠政に招かれ、明石の田割り(都市
計画)や城内の樹木や屋敷の設営に関わったとされ、公
園内に“武蔵の庭園”がある。
『明石市 その3』
明石城石垣blog02
 二の丸、三の丸に通じる階段道・・・フーフー よいしょ
よいしょと足を休めることなく登りきった。
 これも日ごろのラジオ体操のおかげか?
明石城巽やぐら公開blog04
 巽やぐらの無料公開で中に入れる。 ラッキー!
一番下の屋根の右横に、かすかに“明石大橋”が見える
かな?
明石城巽やぐら公開blog02
 元和三年(1617) 小笠原忠真(ただざね)が信州松本
から明石に国替えとなり、現在の明石城より南西約1Km
の所にあった船上城に入ったことから明石播が生まれた。
 現在の明石城は元和四年(1618)徳川二代将軍秀忠が
西国諸藩に対する備えとして、藩主忠真に新城の築城を
命じたことに始まった。
 しかし“大阪夏の陣”が終結したために途中ではあるが、
築城の必要がなくなり中断したんです。だから本丸の天
守閣がないんですわ・・・とおじさんが説明してくれた。
明石城巽やぐら公開blog03
 この“巽やぐら”は「坤ノ櫓ハ伏見御城ノ櫓ナリシヲ此度
公儀より公工下サレコレヲ建テル」・・・“小笠原忠真年譜”
 「幕府から伏見御城の三重櫓一つ下され、御本丸未申
の角に立候也」・・・“笠系大成附録”より。各建物の建築
は翌元和六年(1620)四月に完成したとパンフに。
『明石市 その2』
明石城堀blog01
 JR明石駅の北側 徒歩5分 国道を渡ればで明石公園の
入り口に。 写真はその付近のお堀。
明石城blog01
 お堀の中はすべて“明石公園”である。
明石公園電気蓋blog01
 そういえば公園内は電柱がない。
2012.10.14明石城blog01
 お祭の前で出発点か? 年配者は武将のいでたち、
若い衆は半被姿・・・襟の淵に“岩屋神社”と印刷があった
ような・・・?
『明石市 その1』
2012.10.14JR明石駅blog01
2012.10.14JR明石駅blog02
2012.10.14明石おすいblog01
2012.10.14明石合流blog01
2012.10.14明石合流blog02
 14日(日曜日) 姫路行新快速 08:12JR高槻駅ー09:09
明石駅(57分 1,210円) 
 実は学会と称し“明石市生涯学習センター”へ。
 写真は定刻どおり明石駅に到着し、ホームから北側の
“明石城”と右に“明石天文科学館”が見渡せた。
 9:30からの総会にも時間があるので、ご当地のマンホー
ルの蓋を探しに・・・明石の銀座通りに向かって、写真の
三種類(おすい1、合流2)を見つけた。
 おすいの蓋のデザインはさすが、“東経135度の子午線”
が、塗料が残っていたのでわかりやすい。
 10時10分から11時30分の興味ある特別講演を聴いて、
友人からの昼食の誘いを振り切って、現地の観光に・・・。
『Nちゃん』
西条blog01
西条blog02
 広島の『Nちゃん』より写メールで、マンホールの蓋の写真が。
東広島市のJR西条駅南の酒蔵通りで“酒まつり”に行ってきた
と注釈が・・・。「きれいな蓋をありがとう!」
 “西条 マンホールの蓋”で検索してみると、デザインを一般
公募された当選作で、「青空を背に立ち並ぶ酒蔵 左右にまし
壁と石畳 臨空都市をPRするのに空に飛行機も・・・と説明が
あった。」
 
 下の写真は東広島市西条の“おすい”と記された蓋である。
中央のマークは市章である。
栗blog01
 先日 “順ちゃん”が四国愛媛県の石鎚山(約1900m四国の
最高峰)に登り、頂上の石鎚神社のお守りをゲットしたと言っ
て小生に。随分大変な思いをして手に入れたお守り・・・
「気合の入ったお守りやさかい」・・・ということで早速、柿渋で
染めたバックに取り付けてラジオ体操に。体操している側の
栗の木は殆ど毬栗を落としているのに、まだキンモクセイは香
りすらしない。今年は遅いのか?「順ちゃんもありがとう!」 
『新撰組に!』
2012.12.6新撰組blog01
蛸薬師blog01
 午後から京都で散歩・・・四条烏丸筋の京極入り口から
鳩居堂へ、そして帰りは寺町筋で烏丸通に。
 その途中で、なんといつの間に“カーネル氏”が『新撰組
に』それも二本ざしで・・・。

 もう少し北に進むと“蛸薬師”行き過ぎた足を思いとどまら
せユーターンを。癌封じ天下無双蛸薬師如来の大きな看板
が、また、諸病平癒と諸願成就の蛸薬師如来の看板も・・・。
もしかしたらここには初めてでは? これまで元気な時は気
づかず素通りしていたようだ。
『引用』
友人の祖父blog01
 3ヶ月前だったか、友人が仕事関係の広報誌に掲載して
いた、トイレに貼ってあった“祖父の格言”が面白かったと
いうか、なるほどと思ったので引用させていただいた。
 どれも「あるある」ではなく「ほんまほんま」の格言である。

 検索してみると“つもり違い十箇条”とあり、「長いようで
短いのは一生」を加えて“十一箇条”としているものもあっ
た。旅先のお土産屋にあるのれんや手ぬぐいなどに書か
れているようなものである。しかし誰が言ったかは明記さ
れていなかった。
札幌周辺blog03
 このマンホールの蓋は、出先の アナザー スタッフから
いただいた写真で、札幌市付近のもので何の蓋かは不明
であるが、中央に☆印、さらにその中央に北海道の“北”と
いう漢字が刻まれている。

「いずれにしても写真とおみやげ、ありがとうございました」
『おみやげ』
千歳空港おみやげblog01
札幌市雪印blog01
小樽ラッコおすいblog01
小樽ラッコおすいblog02
 9月28日~30日は大切な学会が札幌で開かれた。高
槻からは男性5名、女性12名が参加予定で、当然小生も
出席しなければならない立場なのに、体調不良を理由に
欠席した。
 30日の午後からのポスター発表を済まし、帰りの千歳
空港で大パニックが。というのは東海地方から上陸した
“台風17号”の進路がまともに東北を縦断し、なんと北海
道をめがけて北上すると・・・あわただしく予定どおり帰阪
できたスタッフもいれば、JALは欠航で、急遽アナに変更
して帰阪したもの、予定の時間によっては全て欠航し、1
日延期したものまででて、今日の出先でお土産を披露し
ながら「えらいめにおおた!」と大騒ぎであった。

「それはそれはご苦労様でした。みんな無事に帰れて何
よりでした」

 ところでスタッフ全員からのお土産として、ガラス細工の
夫婦の鳥、そして札幌の雪印のマンホールの蓋と小樽の
マンホール(おすい)の蓋の写真をいただいた。「いやーど
うもありがとうございました」ということを本ブログで紹介さ
せていただいたとさ。
『信号待ち』
2012.10.2信号待ちblog01
 今朝6時過ぎに“城跡公園”でのラジオ体操(昨日は欠席)
に。信号が赤になったので、野見神社に向かって見上げると
右横に昨夜の“お月さま”が・・・ちょうど“お月さま”も『信号
待ち』状態に・・・面白いストップモウション。

 信号といえば米ちゃんのブログ(写真集)では、北唐崎の
道標と信号機(青を点滅)・・・左横には“虹”が・・・このタイ
ミングがすばらしいのか3拍手。もし興味のある方はリンク
先の“父の空”か下のアドレスで。
http://sorami2008.blog64.fc2.com/

 “お月さま”といえばこれまたリンク先の“四季彩彩さん”を
開いてみてください。なんとこの時期に月が見守る“月下美人”
なんと神秘的というか、“ルナティック”に。
http://hounoha.exblog.jp/
『台風17号』
台風17号blog01
2012.10.1レモンblog01
 昨日30日(日曜日) 午前10時からリーガロイヤルホテルで
大切な会議と祝賀会があるというので、9時前に出発・・・阪急
高槻市駅のホームに上がると、各種ゴミ箱が仲良くつながれ
ていた。宅急便の荷造り用の紐で大丈夫かいな?
 そういえば現在『台風17号』が室戸沖に時速45mで大型台
風として北東に・・・紀伊半島に上陸するかしないか微妙な進
路。 午後6時に近畿地方に最接近との情報・・・祝賀会は午
後3時まで。とにかく行くしかないで特急に・・・祝賀会は無事
終了し、4時過ぎに高槻市駅に到着するも、屋根やフェンスも
関係なしに横殴りの風でホームはびしょぬれ。しかし向かいの
大阪方面の各種ゴミ箱はつながれたまま無事だった。
 傘を斜に付け根で持って、勇気を出していざ突入、いや風雨
の中、やっぱり傘はあおられるは、背広が下から2/3ずぶぬれ
になるは。いたしかたのない1日だった。

 今朝 我が家の“レモン”(全長約70mm)も大丈夫だった。
 大きさは十分なのに、いつまでたっても黄色くならない。
 収穫のタイミングがわからず、レモンティーはまだお預け!
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