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興味津々
日記です。
『豆ごはん』
えんどう豆いちごblog01
  15日水曜日 枚方の順ちゃんご夫妻が高槻経由で
大阪へということで、多分早朝収穫されたと思われる
そら豆といちごを頂戴した。 奥様は「いちごはジャム
にでもしてください」といって阪急電車で大阪に向かわ
れた。
 確かに色薄いもの大小様々不揃いで、謙遜されて
言われたのであろう。
 当日おやつにと思い、そのまま何もつけずにいただ
くと、飛んでもない 「メチャ ミズミズしく」て甘くて美
味しかった。 トレトレだったこともあるのだろう。
豆ごはんblog01
 翌日の夕食は『豆ごはん』・・・鰹のたたき、牛肉と
きゅうりのあえもの、厚揚げのあんかけ、焼きなす、
もずく酢で、とても美味しく、懐かしさを噛み締めて
いただきました。
  セッチャンも大喜びでしたよ。
「なんのお手伝いもしないで、新鮮な野菜やいちご
を頂いてばかりですみませんね」
      【順ちゃんありがとうね!】
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『初めて乗った』
5月6日の『くらわんか』の続きで、枚方から茨木行きの
京阪バスに初めて乗った。 淀川沿いにどんなところを
通過するのかわくわく気分であった。
番田⇒唐崎⇒玉川橋団地⇒鮎川⇒阪急茨木(下車)
と高槻市の最南端を走った気分であった。まるで小学
生の遠足であった。
梅林寺blog01
 茨木市駅から商店街を通って茨木神社に行き、令和
の元号付きの御朱印をと思ったが、社務所はしまって
おり、ゲットできなかった。 商店街の途中、北側にお
城の鯱を思わせる大きな屋根が見えたので寄り道し
た。 そこは“梅林寺”といって浄土宗の立派なお寺
で、屋根に沢山の魔除けの飾りが付けられているの
が特徴である。
梅林寺blog02
 取り替えられた鯱と新しい鯱のスペアか。
梅林寺blog03
 15mぐらいの壁面にこれまで取り替えた鬼瓦や魔除
けの瓦が並べられ、歴史の一部が拝見できた。
茨木市マンホールの蓋blog01
 これは茨木市nマンホールの蓋で、市の花であるバ
ラがデザインされている。
高槻市マンホールの蓋blog01
 そして阪急電車で高槻に到着し、商店街のマンホ
ールの蓋を撮影した。
 結局、6日 連休の最終日は枚方⇒茨木⇒高槻へ
と歴史街道を下を見たり、見上げたりしながら散歩し
ただけであった。
『くらわんか』
20190506鍵屋くらわんかblog0
  5月6日 大型(10)連休の最後、京阪バスで枚方に。
枚方公園口に近いバス停で下車し、淀川の船着き場だ
った、歴史的に有名な宿場“鍵屋”へ、初めて行った。
 単なる町家のような民間の資料館だと思いきや、すば
らしい枚方市立歴史資料館として教育委員会が管理運
営しているとのことであった。
20190506くらわんか煎餅blog0
 豊臣・徳川時代には“みつや”という船着き場を中心と
した宿場で華やかなところであったと記されている。
しかも枚方市は交野を通じて奈良とも通じ、万葉に時代
からの交通路がある。
 目的というか最も興味があったのは、淀川を介して
大阪と京都(伏見)の交通路(三十石舟)や高槻(唐崎)
までの渡し船などを相手に洋上で飲食の商売をしていた。
 その時の呼びかけが「くらわんか(食べまへんか)」
というとことから、用いた雑器が“くらわんか茶碗”や
“くらわんか皿”などと言われ、それらの雑器を見たかっ
たからである。
枚方マンホールの蓋blog01
 枚方公園から京阪電車で一駅の枚方へ。
 駅前にあるカラーのマンホールの蓋には枚方を象徴
するデザインが、つまり枚方パークに昔開催されていた
菊人形の菊と三十石舟である。
[『くらわんか』]の続きを読む
『2曲目はAmazing grace』
20190504Jazzblog01.jpg
  4日午後2時過ぎから買い物の前に、令和元年5月
2日からはじめた御朱印をゲットに野見神社へ。
 能楽堂からの音楽を聞きながら、御朱印の申込み
を。
 写真の背景図は今年のTシャツのデザインである。
 2000円のTシャツの売上金を次年度の運営費に当
てているので協力と記念に購入。
20190504Jazzblog02.jpg
 2曲目が大好きな『Amazing grace』をジャズ調にア
レンジし、Amazingな気分に。
20190504Jazzblog03.jpg
 2箇所のライブを通過し、阪急電鉄の高架下(音響
効果は最高)で2曲ほど聞き入って、セッチャンとの
夕食を買いにいったとさ。
『鯉のぼり』
西国街道芥川一里塚blog01
今日は令和元年5月3日(昨日は夏も近づく八十八夜・・
の日であったらしい)、つまり今日は晴天 薄着で出発。
 今日明日は 高槻市内は恒例のJazz streetで大賑わ
い。 しかし小生の目的地は芥川の『鯉のぼり』で、
徒歩で出発。 往復2時間は覚悟した。
 途中 芥川商店街が切れる曲がり角で、昔島根藩で
あった父の仇討ちがこの地であり、本懐をとげたという
説明のある札があり、その10m先に“西国街道芥川一
里塚”の記しもあった。
 今の芥川商店街が昔の西国街道から大名行列の
家臣の宿泊や立ち寄り場所であったことを示している。
令和元年5月3日鯉のぼりblog0
芥川に向かって西に直進、途中右手に教宗寺(浄土
真宗)で境内を見学させていただきながら堤防にたど
り着いた。 上流を見ると『鯉のぼり』の群れが見えた。
20190503鯉のぼりblog02
 近づくとたくさんんの親子連れやカップルたちが、
花見のように飲食したり、こどもたちは流れに足を
つけてはしゃいでいた。
清福寺太子堂blog01
 確か、西側の対岸の堤の下に太子堂があったはず
と思いながら橋を渡っていた。
 町名は清福寺町で、清福寺・太子堂というお堂があ
り、聖徳太子の少年像が祀られているとのことである。
 この地域は300年前の江戸時代から大工の職人が
多く住んだところで、近隣の重要な建築物に携わって
いて、相互的に技術の研鑽とともに正徳太子を象徴
としていろいろ結束を固めたとのことである。
聖徳太子blog01
 聖徳太子像は木像で彩色されているとある。
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