興味津々
日記です。
『いただき物 その1』
百合blog01
 2週間前だったか、家内の友人から故郷の“沖永良部の
百合”を「少しですが」といっていただいた。 その時は全て
の蕾は、まだ蒼く、硬かったが、1週前から蕾が膨らみ、一
つ二つと咲き始め、昨日(10日)には満開・・・。ほぼ 毎年
いただくので沖永良部の百合には特別の意味があるのか
検索すると、すばらしい歴史と言うか、島民の苦労もあった
のが伺える。
      えらぶゆりの物語
花言葉は「純潔」「威厳」
 欧米では古くから、純白の百合は、春を告げる花「イース
ターリリー」、聖母マリアのシンボル「マドンナリリー」と呼ば
れ愛されている。明治期、シーボルトによって欧米にもたら
された日本の百合はまたたくまに人気となり、多くの沖永良
部島生まれの球根が輸出された。
 また100年以上昔、島を訪れた貿易商アイザック・バンデ
ィング氏が、沖永良部に自生する白い百合に目をとめました。
「この球根を大切に育ててください。必ず私が買い取りに来ま
すから」そう言い残して帰国した彼の言葉を信じて、島の農民
は大切に百合の球根を育てた。そして数年後、約束通り島を
再び訪れたアイザック氏は、農民たちが驚くような価格で百合
の球根を買い付けたといいます。これがえらぶゆりの始まりと
いわれている。
 塩害に強く、島の赤土で良く育つ百合の球根の栽培は、瞬
く間に島中に広がり、やがて、多くの商社が島に球根を買い
付けにやってくるようになった。最盛期には、横浜の倉庫がえ
らぶゆりの球根で一杯になったほどだったという。
 2度にわたる世界大戦や目まぐるしく変わる世界経済、そし
て蔓延するウイルス病など幾多の苦難に見舞われながらも、
島の人々は、たゆまぬ努力でこの花を守り続けたとある。
  【http://erabuyuri.com/wps/?page_id=32 より引用】

「大変意味深い 貴重な百合を頂戴し ありがとうございました」
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『ヘンな夢』
 皆様は、最近記憶に残る『面白い夢』というか『ヘンな夢』
を見ていませんか?
 2週間前の夢で、家族だけでなく、友人にどうしても話した
くなる、また少しでも多くの人に馬鹿げた夢話に和んでいた
だけるよう、悩んだ結果、投稿する気になった(もっとも、最
近ネタ話がなくなってきたのが本音)。
 もとより小生は、頭だけでなく、血の巡りが悪く、冷え性で
手足の指先が冷たい。特に寒い冬場は毛布と掛け布団2枚、
そして靴下を履かないと眠れない時がある。
 さて、夢の場面が入院中の病棟のベッド上か自宅の布団
上か不明であるが、いつも通り靴下を履いて寝ていると、あ
の有名な女優 吉田 羊さんがDrか看護師の姿をして、眉
間を寄せながら、寝ている私の右足を持ち上げて、靴下をつ
まみ、ひっぱり、そしてぬがしてしまった。 さらに彼女の鼻
をその親指に近づけて、「くさー」といった瞬間、親指に彼女
の鼻の先が触れたのを感じた。
 ・・・と同時に目が醒めてしまい、しばらくその余韻に浸って
いた。
 なんで“吉田 羊さん”なのか? もちろん個性的な女優で
ファンでもあるが・・・そういえば制作・フジテレビ系で、2016
年10月11日から12月13日(毎週火曜21時)まで放送された
ドラマで、“メディカルチーム レディ・ダ・ヴィンチの診断”を欠
かさず見ていたのが脳裏に、潜在的に張り付いていたのか
もしれない。 できることなら ご本人にお会いして告白した
い。
『おめでとうございます』
稀勢の里blog01
図は昨年の秋場所で、9月21日の8勝3敗時の顔である。
 そして今年の初場所 12勝1敗で見事 満場一致で横綱
昇進 72代横綱  『おめでとうございます』
3代目若乃花以來 19年ぶりの日本人の横綱誕生・・・
メディア挙げての大絶賛。 人間性は寡黙で不器用な力士
かと思いきや、小学生時代から随分ひょうきんな面白い少
年期であったと、両親や出身校の担任の先生からのインタ
ヴューで伺えた。

そこで横綱昇進の伝達式でどのような挨拶(四字熟語)
を言うのか興味があった。
これまでの昇進伝達式での四字熟語は以下の通りである。

鶴竜(2014年)横綱⇒「一生懸命」
日馬富士(2012年)横綱⇒「全身全霊」
琴奨菊(2011年)大関⇒「万里一空」
日馬富士(2008年)大関⇒「全身全霊」
琴光喜(2007年)大関⇒「力戦奮闘」
白鵬(2007年)⇒「精神一到」
白鵬(2006年)⇒「全身全霊」
武双山(2000年)大関⇒「正正堂堂」
朝青龍(2003年)横綱⇒「一生懸命」
貴ノ浪(1994年)大関⇒「勇往邁進」
若乃花(1998年)横綱⇒「堅忍不抜」
貴乃花(1994年)横綱⇒「不惜身命」
若乃花(1993年)大関⇒「一意専心」
貴乃花(1993年)大関⇒「不撓不屈」

ところが、新横綱 稀勢の里(2017年1月25日)の口上は
「横綱の名に恥じぬよう精進いたします」で、旧二子山部
屋所属力士の伝達式の慣例には従わず、非常に謙虚な
言葉で述べられた。
 また、彼の座右の銘かどうかはわからないが、【努力が
天才を制す】という言葉が、度々紹介され、他のものを勇
気づける言葉で、私自身気にっている。
 父親の気持ちは「これからが大変」・・・と。
 母親の気持ちは「早く引退してほしい」・・・と。
『ただいま』
昨年6月3日に受けた大動脈弁部に人工弁を置換、そして
冠動脈2枝にバイパス術を受け、6ヶ月後の術後検査を受け、
特記事項なく経過良好であるというお墨付きを頂いた。
  しかしさらに末端に向かって、治療可能な冠動脈の狭窄
部があるということで、昨年12月6日に左端に2箇所の狭窄
部にステント留置術(3泊4日)を受けた(下の画像 左:術前、
右:術後)。
2016 12 6術前術後blog01
 そして29年1月16日に右端の分技部付近の狭窄部1箇所
にその留置術を受けた(下の画像 左:術前、右:術後)。
2017 1 6術前術後blog01
両画像より、ステント留置術(経皮的形成術)がとてもうまく
いった結果を示している。
 その他 治療できない狭窄部はあるが、あとは投薬治療と
定期的に心筋血流シンチグラフィで経過観察しましょうという
ことであった。
 【主治医はじめスタッフの皆様 心より感謝申し上げます】
2017 1 15 3病棟blog01
写真は平成29年1月15日入院時(午前10時)の3病棟の待
合室から東側の山の斜面を見たところで、早朝から雪がふ
り、自宅でも踏まれた道以外の地面、屋根、車には積り、
雪化粧となっていた。 病院はさらに山手にあり、タクシーの
転手は「行けるかどうか、行ってみんとわかりませんな」・・・
とういう状況であったが、結果は予定時間内に入院できた。
 上の図は手続きが終わって落ち着いた時にスケッチを。
そして 18日に『ただいま』しました。「やれやれ よかった
 よかっか あれ 息切れが少なくなったかな」。
『喝』
年賀喝blog01

年賀喝blog02

新年明けましておめでとうございます。旧年中は本ブログに
暖かいお言葉をいただいたり、拍手をいただいたり誠にあり
がとうございました。本年も何卒よろしくお願い申し上げます。
7日にして新年のご挨拶・・・三が日は暖かかったのですが、
実はその後 早々に風邪をひいてしまってこのざまでした。

今年の年賀状は『喝』・・・禅宗のお坊さんが気合を入れてい
るところですが、私には「しっかりせい!」といわれているよう
な気がいたします。
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