興味津々
日記です。
『掘り出し物』
 昨日(28日) こどもが大きい布袋2枚にぎっしりマンガ本を
詰め込み、処分したいと“ブックオフ”に、残り一台分の駐車場
へ滑り込みセーフ。 アレだけのシリーズ漫画(全巻揃い)30分
待って、合計500円のインカム・・・もう少し期待してたらしい。

 待ち時間中、思わぬすばらしい本を見つけた。

井伊家能楽名宝blog01
 朝日新聞社(平凡社協力)1984年発刊の江戸幕府草創期か
ら二百七十年にわたり、京都鎮護の重任であった、彦根の
三十五万石井伊家に伝わる“能具”を初公開されたものを
紹介した本である。 
 その筋では大変貴重な資料となる本ではないか。
 当時の定価が印字されていないのでいくらいたかはわか
らないが、なんと500円の値札が・・・しかも今日は半額日
なので250円、小脇に抱えて、他にも・・・。
仏画のすすめblog01
 これは 松久宗林先生の“仏画のすすめ”ー付・きり金と
経典絵の技法ーで、1980年 7版発行 3400円がなんと1500円
図面もついて、保存状態もよく、これも半額で合計1,000円。
 京都の寺町筋の古本屋ではもっと高額であろう。
『好きな格言11傑』
 アマゾンで家内が“大阪人の格言”を購入し、小生に
回覧・・・なるほど、あるある、そのとおりと188中の
11傑を選んでみた。 というのはどうしても10傑にしぼ
りきれなかったためである。
 たった1050円で少々の悩み事はばかばかしくなり吹き
飛びます。 是非あなたもどうぞ!

●傘のことばかり考えとるから雨が降るんや
       (取り越し苦労や心配性をいざめる言葉)
●もう笑うしかない    (つらすぎるときは笑え)
●バケツに穴あいたら こぼれもん入れんかいな
       (なんでも使い道はある)
●ババ抜きのババわざと引くな
       (辛いときでもヤケを起こしてはいけない)
●大吉出るまでおみくじ引き続けんかい
       (小吉や中吉で満足するな)
●再スタートはゼロからちゃう、マイナスからや
       (人生は簡単にやりなおせない)
●やる気とお日さんは出すもんとちゃう 出るもんや
       (やる気は人に言われて出るものではない)
●豚肉のビーフシチューやな
       (間に合わせでやったことへの違和感)
●無理はせなあかん けど無茶はしたらあかん
       (頑張りすぎてはいけない)
●平行線は交わらへんけど離れへん
       (つかず離れずの人間関係)
●カッコ悪すぎてカッコええわ
       (自分をさらけ出せる人はカッコイイ)

『鳩居堂』
鳩居堂blog01
 午後2時過ぎ(25日)に京都へ、家内が『鳩居堂』で横書き
便箋を買うために、運動をかねて出かけた。
 その便箋はあちこちデパートでの出店にはなく、結局 寺町
通りの本店ならばということで・・・。
 やはり京都は寒い・・・細かい雨かと思えば、いつの間にか
雪が。左側の格子に雪がちらついているのを写したつもりが、
見えるかな。
鳩居堂blog02
 丸瓦の文様は『鳩居堂』の家紋か? 
 創業400年の老舗らしい。
 能面の“若女”の髪毛や目張りを入れる筆を探しに来たこと
もある。さすが 横書き便箋はあり、せっかくなので二冊購入。
変態観測blog01
 行く時は気づかなかったが、側に変な看板が、“変態観測”
持ち帰り自由のパンフレットには、自称“変態”と名乗るアー
ティストの作品展が二階で開かれていた。
 階段を上がるのが面倒なので、ガラス越しに・・・絵画か、
写真なのかが壁面にかけられていた。
 寺町通りのこのあたりは ギャラリーが非常に多いところで
ある。
『中先輩と大先輩』
2012.1.14千手観音blog01
 京都で散歩するつもりが、阪急高槻市駅で寄り道・・・
前述の“槻翔展”を観賞に・・・ちょうど先輩と知り合いも
おられて グッド タイミングだった。
 作品は、絵画が殆どであるが、書や写真、そして仏像彫刻
まで展示されていた。
 『中先輩』の作品は、やはり鉛筆画で緻密な“千手観音菩薩”
で、後日 はがきサイズにしたコピーをいただけるとのこと。
木花之開耶姫blog01
 この作品のお題は“木花之開耶姫(このはなのさくやひめ)”
で、日本神話の“大山祇神の女(おおやまつのかみのむすめ)”、
後の富士山の神とみなされて浅間神社に祀られる。
 かつてご自身が友人と富士山に登られた時のことを思い出
しながらの作品と説明を受けた。
2012.1.14不動明王blog01
 この“不動明王”は『大先輩』の作品である。
『福袋』
2012.1.9戎さんblog02
 野見神社は、野見宿弥(のみのすくね:相撲の神様)と
スサノオノミコトを祭神とし、もとは上宮天満宮付近にあ
った式内社・濃身神社が移ってきたものと伝えられている。
 9世紀の末、祭神のお告げにより疫病がおさまり、人々の信
仰を集め、また戦国時代、高山右近が高槻城主のころ、神社
が一時この地を追われ、右近の父飛騨守が「もと神の堂あり
し処」として天主教会堂の予定地としたらしい。なるほど野見
神社の北側に教会があるのもそういったわけがあったのか。
 江戸時代には城内随一の神社として「高槻城絵図」に記さ
れている。 境内には、高槻藩永井家初代・永井直清をまつ
る永井神社があり、かつての高槻城の姿をしのばせる絵馬が
奉納されているとのことである。永井神社社殿と唐門は平成
17年6月14日に市の有形文化財に指定されている。
 また境内に“高槻恵美須宮”もあり、毎年この時期にお参
りしている。
2012.1.9戎さんblog01
2012.1.9戎さんblog03
 “商売繁盛の笹”は買わないで、恒例の“ガラガラポン”
3人で10回分(1回300円)を・・・四等5個、三等4個、二等
1個で商品はご覧の通り。 今年の我が家の『福袋』である。
copyright © 2005 興味津々 all rights reserved.
Powered by FC2ブログ.
FC2ブログ